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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1082号 判決 1994年8月25日

原告

中島勉

ほか一名

被告

除補寛

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金一四九二万〇〇一〇円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの、その三を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金二七一七万七〇六九円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により死亡した中島和彦(以下「和彦」という)の両親が損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

被告除補均(以下「被告均」という)は、平成四年二月一一日午後八時三三分頃、普通乗用自動車(以下「被告車」という)を運転し、兵庫県洲本市由良町由良四番地の一先道路(以下「本件道路」という)付近のカーブに差し掛かつたところ、助手席及び後部座席に同乗していた者(五名同乗)の会話に気を取られ、前方不注視のまま、時速七〇キロメートルの速度(制限速度は時速四〇キロメートル)で走行したため、被告車を同道路左側の民家のコンクリート塀に衝突させた結果、後部座席に同乗していた和彦は、右衝突による衝撃のため、頭蓋底骨折の傷害を受け、同日、死亡した(争いがない)。

2  (被告らの責任原因)

被告除補寛(以下「被告寛」という)は、本件事故当時、被告車を所有しており、また、被告均は、同車を自己の運行の用に供していた(争いがない)から、被告は、それぞれ自賠法三条による運行供用者責任を負う。

3  (原告らの地位)

原告中島勉は、和彦の父であり、また、原告中島京子は、和彦の母であるところ、和彦の死亡の結果、相続により同人の地位を各二分の一の割合によつて承継した(甲四号証の一・二、弁論の全趣旨)。

4  (損害の填補)

原告らは、これまでに自倍責保険から各一五〇〇万円を受領し、それぞれこれを損害の補填に充てた(争いがない)。

二  主たる争点

1  和彦の死亡による逸失利益算定における年収額

2  好意同乗による損害額の減額

(一) 被告らの主張

(1) 本件事故は、「ねりこ祭り」のため、和彦ら被告均の友人が同被告宅に集まり、本件事故当日午後五時すぎ頃から午後八時頃までの間にかけて宴会を行つた後、さらに二次会をするため洲本市内のスナツクに向かう途中に発生した事故である。

(2) 和彦は、被告均や他の友人と一緒に同被告宅で飲酒し、被告車を運転する同被告が飲酒していることを知悉しながら、これを制止することなく、遊興に出掛ける目的から同車に同乗し、自らも同車運行の利益を享受していたのである。

さらに、被告均の飲酒程度については、呼気一リツトルにつき〇・三ミリグラムのアルコールが検出されているところ、和彦においても、右飲酒の事実を知つていたのであるから、飲酒運転による事故発生の危険を承知していたといわなければならないし、また、本件事故当時、被告車には定員五名を上回る六名が乗車し、車中では、祭りの宴会の後の高揚した雰囲気の中、カセツトによる音楽が鳴り、全員が浮かれた状態にあつたため、事故発生の危険が増大していたにもかかわらず、和彦自身は被告均に対し運転に注意するよう指示することはなかつたのである。

(3) 以上のような和彦の被告車への同乗の経緯及び運行の目的と利益の帰属、飲酒運転の認識、危険発生の承認等の諸事情を総合すると、本件において好意同乗による減額割合は四割を下回ることはない。

(二) 原告らの反論

(1) 被告均は、元来酒には強く、同被告宅での宴会においてもビール二本飲んだだけであり、前記アルコール検査においても呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラムのアルコールが検出されたにすぎないから、同被告の飲酒が本件事故の際の運転走行に影響を及ぼしたとは考えられず、和彦において本件事故発生を予見することはできなかつた。

(2) また、和彦が被告車に同乗するに至つたのは被告均から誘われたためであつて自ら頼み込んだものではなく、また、車中でも、他の同乗者が同被告に対し「飛ばすな、飛ばすな」と注意しており、これら同乗者が事故発生の危険を増大させたということはない。

したがつて、和彦には本件事故発生について非難すべき事情があつたとは認められず、本件において好意同乗による減額をするのは相当でない。

仮に、右減額を行うとしても、一割を上回るものではない。

3  搭乗者保険金受領による損害の填補及び慰謝料の減額

(一) 被告らの主張

(1) 原告らは、本件事故後、搭乗者保険金五〇〇万円を受領している。

(2) 右保険金は、交通事故による被害者に対する損害賠償としての性質を有すると解すべきであるから、これを原告らの損害額から控除すべきである。

仮に、右主張が認められないとしても、右保険金受領の事実を慰謝料減額の一事由として斟酌すべきである。

(二) 原告らの認否と反論

被告ら主張の(1)の事実は認めるが、同(2)の主張はすべて争う。

第三当裁判所の判断

一  原告らの損害額の算定

1  和彦の逸失利益(請求額金六〇三五万四一三八円) 金六〇三五万三三五九円

(一) 証拠(甲四号証の一・二、一三号証の一ないし一二)及び弁論の全趣旨によると、和彦(昭和四四年六月二二日生)は、本件事故による死亡当時二二歳であり(同事実は当事者間に争いがない)、独身であつたが、中学校卒業以降、父原告中島勉(昭和一六年一二月生)と一緒に、大阪府内の新宮左官工業に勤めて左官の仕事を続けており、その勤務ぶりは真面目であつたこと、そして、和彦は、平成三年には、年額金五一九万六〇〇〇円(日当金一万八〇〇〇円の割合。交通費を除く。)の収入を得ており、その頃には既に一人前の職人として、父原告中島勉よりも中心的に働いていたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右事実によると、和彦は、本件事故によつて死亡することがなければ、労働可能とされる満六七歳までの間の四五年間にわたつて右年収額と同程度の収入を上げ得たものと推認し得るというべきである。

この点について、被告らは、和彦の前記金額による年収が今後四五年間にわたつて維持される蓋然性は低いから、同人の死亡による逸失利益算定に当たつては、控え目な算定方法を採るべきであるとして、年齢別平均賃金によるべきである旨主張している。

しかしながら、和彦の年収について将来低減化が生じ得るとする被告らの主張を具体的に裏付けるに足りる証拠はなく、前記認定の事実関係に基づいて考えると、被告らの右主張を直ちに採用することはできない。

(三) そこで、前記年収額を基礎とした上、生活費控除率を五割とし、新ホフマン計算方式を用いて中間利息を控除して和彦の死亡による逸失利益の現価額を算定すると、次の算式により、金六〇三五万三三五九円(円未満四捨五入。以下同じ。)となる。

五一九万六〇〇〇(円)×(一-〇・五)×二三・二三〇七=六〇三五万三三五九(円)

2  葬儀費(請求額金一〇〇万円) 金一〇〇万円

和彦の葬儀費については金一〇〇万円をもつて相当額と認める。

3  慰謝料(請求額金一八〇〇万円) 金一五五〇万円

本件事故発生の状況(その詳細は後記二のとおり。)、和彦の年齢と生活状況、後記三2において判示する搭乗者保険金五〇〇万円受領の事実、同事故後における原告らと被告らとの間のやり取りなど本件証拠に表れた一切の諸事情を総合考慮すると、和彦の死亡による慰謝料としては、金一五五〇万円が相当である。

4  損害額の小計

以上の損害額を合計すると、金七六八五万三三五九円となる。

二  好意同乗による損害額の減額

1  (本件事故発生に至る経過等)

前記判示の事実と証拠(甲一号証の一ないし三、二、三号証、四ないし六号証の各一・二、七号証の一ないし三、八号証の一・二、九号証、一〇号証の一ないし五、一一号証の二、一二号証)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件道路(県道洲本南淡線)は、南北に走る片側一車線の道路であり、本件事故現場付近では、北行車両からみると緩やかに右側にカーブしているが、前方の見通しは良い(制限速度は時速四〇キロメートルとされている。)。

同道路は、アスフアルト舗装がされていて平坦であり、本件事故当時、路面は乾燥していた。

(二) 被告均は、本件事故当日(平成四年二月一一日)、子供の「ねりこ祭り」を祝うため、同被告宅において宴席をもうけ、同日午後五時すぎから、父被告寛及び母、弟除補利和、親戚の者、和彦を含む友人ら合計約二〇名が集まり、ビール等を飲んだりしながら食事を始めた。

(三) 被告均は、同日午後八時すぎ頃、右友人らに対し、二次会をするために洲本市内のスナツクに飲みに行くことを提案し、和利と親戚の除補ひろみのほか、中学校の同級生であつた和彦、亀居正知及び谷口陽造の合計五名が一緒に出掛けることになつた。

(四) そして、被告均は、利和に指示して被告車を駐車場から被告均宅前まで移動させたのち、同日午後八時二五分頃、自ら同車を運転して同所を出発したが、その際、同車助手席に亀居、後部座席左端に和彦、同右端に利和、同中央にひろみ及び谷口がそれぞれ同乗した。

(五) 被告均は、アルコールに強い方であり、同夜はビール大瓶二本程度を飲んでいたものの、普段と変わりない運転ができると思つて右のとおり運転を開始し、しばらく時速約二〇キロメートルの速度で走行し、その後、本件道路の県道洲本南淡線北行車線に入つたが、交通量の少ないことに気を許し、速度を上げて時速約八〇キロメートルの速度で走行するなどし、本件事故現場南方に所在する左カーブを通過した後においては時速約七〇キロメートルの速度で走行していた。

(六) その間、車内では、カセツトテープの音楽が流れていた上、後部座席に同乗していた和彦や谷口らが雑談をしており、これら同乗者の中には、被告均に対し「飛ばすな」と注意をした者もいた。

(七) そして、被告均は、本件事故現場に差し掛かる直前、後部座席において雑談中の同乗者に対し二次会にはどの店に行こうかという話をしようと思い、運転しながら、同人らに対して話し掛ける機会を見付けるべく顔を左後方に向けたりしていたため、本件道路付近の右カーブに沿つた適切なハンドル操作ができず、同日午後八時三三分頃、本件事故を起こした。

なお、本件事故現場は、被告均宅からおよそ二キロメートルの場所に位置している。

(八) 本件事故後に被告均に対して実施されたアルコール検査(うがい後)では、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラムのアルコールが検出されている。

2  右の事実関係によると、本件事故は、夜間、被告均が制限速度を約三〇キロメートルも上回る高速度で被告車を運転する中、同乗者の会話に気を取られて運転に対する注意が散漫になり、前方注視を怠つて走行したことによつて発生したと認めるのが相当であり、そして、同被告が右のような危険な運転走行をしたことについては同被告宅での飲酒による影響が全くなかつたとは考え難い。

また、本件事故当時、被告車には合計六名が乗車していたことは前記認定のとおりであるが、道路交通法五七条、同法施行令二二条一号によると、乗車人員は自動車検査証に記載された乗車定員を超えてはならない旨定められており、証拠(甲一号証の一)によると、被告車の自動車検査証では右乗車定員は五名と定められていることが認められ、これによれば、被告車は定員超過の状態にあつたということができる。

これらの事情を総合して考えると、和彦は、夜間、被告車が被告均宅前を出発する時点において、既に、運転者被告均が飲酒していること、同乗者五名のいずれもが前記宴席から引き続き遊興のために二次会に出掛ける者であり、そのため、被告車が定員超過の状態にあつたことを十分知つていたといわなければならないところ、和彦は、それにもかかわらず、被告均に対し、右のような危険な運転走行を行うについて注意ないし制止の行動を採つたことは全く窺われないのであり、また、被告車の走行中においては、後部座席において他の同乗者と雑談を続けていたのである。

以上にみたような和彦の被告車への同乗の経緯と目的、前記宴席における被告均との共同飲酒、同被告による飲酒及び定員超過状態での運転行為に対する認識、被告車走行中の態度等に基づくと、和彦は、本件事故発生当時、被告均運転の被告車について単に好意同乗をしていたというにとどまらず、右のように事故発生の危険の高い事情が存在することを知りながら、これを容認して同乗していたといわざるを得ず、右の事情は被害者側の過失ないし帰責事由として損害額の算定に当たつて斟酌するのが相当である。

そこで、これまでの全認定説示を総合考慮すると、原告らの損害額について二五パーセントの減額をするのが相当である。

よつて、被告らの好意同乗による損害額減額の抗弁は右の限度で理由がある。

3  それゆえ、前記一4の損害額について右の割合によつて減額すると、金五七六四万〇〇一九円となり、結局、原告らの各損害額は、それぞれ金二八八二万〇〇一〇円となる。

三  損益相殺

1  (自倍責保険金)

原告らがこれまでに自倍責保険から各金一五〇〇万円を受領し、それぞれこれを損害の填補に充てたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

2  (搭乗者保険金)

(一) まず、原告らが本件事故後搭乗者保険金五〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、また、証拠(乙二ないし四号証)及び弁論の全趣旨によると、右保険金は、被告寛の従兄弟である除補茂樹が契約者として被告車に付していた自動車保険に付帯する搭乗者傷害条項に基づいて支給されたものであることが認められる。

(二) 被告らは、右搭乗者保険金についても、原告らの損害を填補すべき金員である旨主張するのに対し、原告らはこれを争つている。

そこで、検討するに、右各証拠によると、右搭乗者傷害条項による死亡保険金は、自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因して受傷し、その結果死亡した場合に、実際に生じた損害額とは無関係に一定額が支払われるものであり、また、右保険金については、保険約款上、商法六六二条所定の保険代位が否定されていることが認められる。

これらの事情に照らして考えると、右搭乗者保険金は、その受領の限度で被害者の被つた損害賠償請求権が消滅するという性質のものであるとは解し難いといわなければならず、被告らの前記主張は採用できない(東京高裁昭和五九年五月三一日判決・交通事故民事裁判例集一七巻三号六〇三頁、大阪高裁平成五年八月二〇日判決(平成四年(ネ)第三一三七号損害賠償請求控訴事件)等参照)。

(三) もつとも、原告らにおいても、右搭乗者保険金の受領によつて、一部なりともその精神的苦痛が慰謝されるものと解されるから、右の事情は、慰謝料算定の際の一事情として斟酌するのが相当であり、したがつて、前記一3の慰謝料算定に当たつては、これを考慮した。

3  そこで、前記二3の原告らの損害額から右1の金員を控除すると、原告らの各損害額は、それぞれ金一三八二万〇〇一〇円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額等を総合考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告らそれぞれにつき各金一一〇万円が相当である。

五  結論

以上によると、原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し、それぞれ各金一四九二万〇〇一〇円及びこれに対する本件事故の日である平成四年二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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